元参議院議員 田中しげる

しげるレポート | 田中しげるの活動報告ブログ

安倍政治と役人の罪
レポート 2018/04/10

 日本には官庁と総称される府と省、庁があります。その官庁の官僚、役人と呼ばれる人達が起した問題はこれまでにも数多くありました。財務省(大蔵省)でいえば、1998年に発覚したノーパンしゃぶしゃぶ事件がありました。これは大蔵省を舞台にした大掛かりな汚職事件で、大蔵省の官僚たちが、銀行の検査への手心をはじめ、自行に有利に働きかけてもらおうとしたMOF担と呼ばれる各行の大蔵省担当者に、ノーパンしゃぶしゃぶ店で接待漬けになっていたことが特に話題になりました。当時の三塚博大蔵大臣、松下康雄日本銀行総裁が引責辞任、その他大蔵省事務次官、銀行局長、銀行局担当審議官等々が辞任し、現役の大蔵省官僚が4人逮捕され、また自殺者も数名出て、その後に大蔵省が財務省と名を変え、金融監督を主に担う金融監督庁(現在の金融庁)に分かれるきっかけにもなりました。

 今回の財務省の決裁書の改ざん問題は、同じ官僚が引き起こした事件ですが、ノーパンしゃぶしゃぶ事件とは内容を全く異にします。利益供与をして自らが甘い汁を吸うというような面はありませんが、度の過ぎた政治家への忖度によって国民の財産を不当に安く売り、なおかつ決裁書の改ざんによって国民を欺き、挙句の果てに自殺者まで出したという点で、国民に対する明らかな背信行為という意味では、より悪質のような気がします。

 現在、もっとも注目を浴びているのは財務省(近畿財務局)による改ざん問題ですが、振り返ってみれば、加計問題が起きた文部科学省では、その前に起きた天下り問題で辞任した前川喜平前事務次官が、文部科学省とは異なる見解を述べ話題になりました。また、つい先日は、その前川氏が名古屋の市立中学校で行った授業について、文部科学省が授業内容や前川氏が選ばれた経緯などを細かくチェックしていた事実が発覚し、批判されました。自民党議員からの問い合わせに応じたとのことですが、まるで昔の検閲のようで、陰湿なものを感じさせます。政権に批判的な態度を取った者を目の仇にする。国民はそこに政権や与党、政治家の驕りを感じ取るのではないでしょうか。

 厚生労働省が提出した、裁量労働者の労働時間の方が一般勤務者より少ないというデータが、明らかに恣意的に作られたずさんなものであったことが発覚しました。そのため、それを基に国会で答弁をした安倍首相が、批判の矢面に立たされることになりました。結局首相が陳謝して、裁量労働制は働き方改革法案から除かれるという全くお粗末な結末になりした。根拠のない誤った情報に基づいた議論では、正しい政策決定プロセスを踏んだことにはなりませんから、当然といえば当然です。

 防衛省では昨年、南スーダンのPKO活動における日報がある、ないが問題となりました。当時の稲田朋美防衛大臣は「ない」と国会で答弁しましたが、破棄されずに残っていたことが分かり、大臣を辞任する騒ぎとなりました。今年4月に入り、今度はこれまでないと主張してきたイラク・サマワでの陸上自衛隊のイラク人道復興支援活動の日報が見つかったと発表し、小野寺五典防衛大臣が陳謝しました。これも、国会で質問を受けた当時の稲田大臣が「ない」と答弁していたものでした。
また、当初の報道では日報の存在が確認されてから、大臣に報告が上がるまで制服組が2ヵ月もその事実を握っていたとのことでした。しかしその後、小野寺防衛大臣が自ら、1年前から存在が確認されていたことが分かったと発表しました。さらにないとされていた航空自衛隊の日報まで存在していることが分かりました。
 これほど国民を愚弄した、そしてまた政治家(国会議員)をバカにした話はありません。文民統制(シビリアンコントロール)という点からも全くあり得ない話です。自衛隊の意識改革を徹底して行わないと、禍根を残すことになるでしょう。今回の件は、憲法改革法案にも大きな影響を与えることが考えられます。
 世に知られて都合の悪いものは改ざんする、もしくは「ない」とする。こんなことがまかり通るとしたら、世も末と言うしかありません。

 3月27日、衆参両議院で佐川宜寿前財務省理財局長の証人喚問が行われました。森友学園への国有地売却に関する決裁書の改ざんについて、何故そのような前代未聞のことが行われたのか、背景に安倍首相夫人や政治家、官邸などの指示やそれに対する忖度があったのかなどが尋問されました。国民的な関心が集まりましたが結果は大山鳴動鼠一匹どころか、40回を超える証言拒否が行われ、真相解明にはほど遠い藪の中という事実だけが残りました。証言拒否も想定されていたことではありましたが、恐いのはこれで問題追及が終わったというムードになることです。

 この改ざん事件に対しては、問題が表面化した時に、安倍首相が夫人の軽はずみな行動を謝罪し、違法性がないというならそれを明らかにして相応の処分をしておくべきだったと思います。そうすれば決裁書の改ざんもなく、財務省の事務官も自殺しないですんだでしょうし、まことに残念です。謝罪どころか、逆切れして、自分や妻が関わっていたら総理はおろか議員も辞めるという啖呵を切ったり、隠したりするからおかしくなってしまいました。あの不用意答弁がすべての始まりで、妻の軽率な行動の影響を夫がさらに拡大させたのだと思います。 
 この問題では、文書を改ざんすることで、一体誰にメリットがあるのかが重要なポイントです。手を下したのが財務省(近畿財務局)だとしても、それで実際にメリットを得たのは誰か。改ざんしてそれが明るみに出たときに財務省にはメリットがあるとは思えません。一番メリットがあったのは安倍総理、それが大方の見方です。

 橋下徹氏が、あの改ざんは国会での佐川答弁に整合させるためにと言っているものの、実際には答弁に関係がなく、特に隠す必要もない他の政治家の陳情も隠したのは、安倍夫人の関与を隠したいためで、それだけを隠すとすぐに意図が分かってしまうので、ほかも一緒に隠したのだろう、ともっともらしい解説をしていました。
 私が極めて危惧するのは、このような重大事なのに内閣や官邸はあまり重大なことだと認識していないことです。これだけ大掛かりに決裁文書の書換えをやっていたのが明るみに出たり、法案の根拠の数値がでたらめだったりしたら、他でも似たようなことをやっているのではと疑われても当然です。国や政府に対する信頼を根本から揺るがしています。

 官邸機能の強化のありかたにも問題があります。総理の権力強化と一対をなしているわけですが、各省庁が官邸に向くようになっています。それだけ首相の権力が強大化していることは決して悪いことではないと思いますが、今回のようなことを引き起こしかねないことも考えるべきです。

 今回の原因は、内閣人事局が創設されたことにより、省庁の幹部人事が官邸主導で行われるようになったため、官僚側が自らの処遇を左右する官邸の意向に沿うよう、政治に忖度するようになったことが一因とも言われています。つまり、官邸の方ばかりを向く「ヒラメ官僚」が増えたのです。一方で、内閣人事局の創設の目的は、官僚主導による人事を抑え、官邸機能を強化することにあったとされています。
  決裁書の改ざんという事例は、昔なら内閣が飛んでもおかしくないレベルだと思います。自民党の派閥が拮抗していた時代だったら、パワーゲームの点からもとっくにそうなっていたでしょう。その意味では、さんざん悪者扱いされた派閥間抗争にも自由闊達にモノが言える空気や、派閥間の力学で暴走を食い止める力を生む、プラスの面があったのも事実です。

 改ざん問題は、企業なら粉飾決算と同じようなものだと思います。企業の不正を見抜くうえで、最も重大なリスクは management override だと言われています。つまり経営者の不正です。経営者が内部統制を無効化すること。今回の問題はまさしくそれだと言えるでしょう。どんなシステムでも完全ではありません。問題は、そういうシステムの不備で暴走が起きた時に、有効にストップが掛けられる仕組みが機能するかどうかです。それを止められるのは、最終的にはその組織のトップしかいません。それなのに、今回はトップ自らが暴走して我田引水していますから話になりません。これでは北朝鮮を非難できないでしょう。公文書を平然と書き換えて問題ないという政府を、どこの国が信用するというのでしょうか。
 公文書の書き換えを実質的に国のトップの意向、それも国家のあり方とかそういうものと比べると、極めて些細な私的なレベルの話で実行する国を、外交相手として信用してもらえるのか、危惧します。
 現在の日本の政治は砂上の楼閣であり、その基盤は脆弱性極まりないものがあり、危機的不安を感じざるを得ません。

 人間は権力を持つと驕りが出てくるものです。中曽根康弘元総理は“総理の一念は狂気であり、権力は魔性である”と、権力が持つ恐ろしさを実感していました。魔性にとりつかれ、独断に陥る自分を戒めるために、あえて、自派ではなく、最大派閥の田中派に属した後藤田正晴氏を官房長官に据えました。権力者は権力に対して常に謙虚な姿勢で臨むのが必要です。それでなければ民主政治は成り立ちません。圧力を加えるのは一時的に通用しますが、長続きは決してしないでしょう。
 さらに重要なのは社会的均衡(バランス)です。社会のあらゆる現象について均衡を維持する。たとえば中央と地方、都会と農村、資本と労働など。ただし、中央と地方、都会と農村などが同じになるという意味ではありません。この均衡は歴史、伝統、文化の中で学びつつ維持されるように、常に政治が自主的に修正していく。これが社会秩序の根元ではないでしょうか。

日本に生まれ育ち、一生を過ごしたいと言える「誇りのもてる国」
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